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東京山の手物語(高輪その6)

2010-07-19 Mon

高輪を南に向かって歩く。南端には深い森がある。三菱開東閣だ。

正門からは森しか見えない

元々は伊藤博文の屋敷で、その後岩崎弥太郎が買い取った。以来、弥太郎の弟で三菱2代目オーナーの岩崎弥之助家の住居となり、同じく4代目の長男、子弥太に継がれた。戦後は三菱地所が所有し三菱グループの迎賓館として利用されている。詳しくはこちらから

関係者以外には非公開だが、イベントなどを利用すれば入館できるようだ。

ちなみに弥太郎の長男で3代目オーナー久弥は湯島に邸宅を構えた。茅町本邸と呼ばれる現在の岩崎邸だ。こちらは現在都営となり有料で見学できる。


今でこそ品川の東側は開発が進みビルが林立しているが、かつては波打ち際が迫る海岸だった。

高輪の南端の高台は眼下に東京湾を望む絶好のビューポイントだっただろう。三菱財閥の2代目オーナーはこの地にジョサイア−コンドル設計の洋館を建て、更に和館も建て、庭を整備して居住した。

三菱3代目オーナー久弥の茅町岩崎邸でも、同じくジョサイア−コンドルの設計で洋館が建てられる。

両邸ともに財力にものを言わせて建てられたが、成金趣味には陥っていない。戦前の時代の節度と良識が感じられる。

金に糸目をつけずに建設されたと思う。おおよそ今の貨幣価値に換算すると、土地代以外で数十億円単位と推測する。個人の家としては現代の成功者が建設する豪邸とは桁が違う。それくらい金をかけている。

三菱財閥のオーナーがどれくらいの財力を持っていたかご存知か。推定によると、戦後の財閥解体直前時で現在の貨幣価値にして120兆円と言われている。120兆あれば数十億円の家を建てるなど平気な話で、資産1億の人が数千円使う比率だ。

戦前の資産家の財産がいかに莫大であるかがよくわかる。近代は富の集中が極めて偏った時代だ。特に明治から昭和初期にかけて、財閥のオーナーと皇族と元大藩大名に富が集中した。彼らは競って豪邸、それも洋館を建てた。

三田綱町にある三井倶楽部、古河庭園の古河邸などが財閥オーナーの例。皇族は朝香宮邸(東京現代美術館)、竹田宮邸(高輪プリンス貴賓館)、李朝邸(赤坂プリンス旧館)など。元大名では、前田邸(駒場)−下記−、島津邸(清泉女子大)、細川邸(和敬塾)が現存している。

駒場にある前田邸

こうした建築は時代を雄弁に語る。何らかの形で後世に残されるべきだと思う。

開東閣に話をもどすと、私は実物を見たことはないが、ネットによれば、現在の開東閣の洋館は昭和39年の大改修で大幅に改築され、当初の雰囲気がかなり損なわれたらしい。

現代に妥協した趣味の悪い改修をするくらいなら、ボロボロでもいいからかつての雰囲気を残す形で保持してほしい。企業グループの私有物なので余計なお世話なのだが、戦前の三菱財閥オーナーの邸宅ということは、私物というより国家国民の共有物的存在に近い。戦前の財閥は国家と一体化して発展したからだ。

貴重な歴史的建造物は往時の雰囲気をできるだけ残して後世に伝えてほしい。新しく造ることは不可能なのだから。

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