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2012年禁酒事始めその7

2012-04-25 Wed

禁酒して3ヶ月以上過ぎた。今日で113日目。今年は正月3ヶ日以来飲んでいない。

こういう飲み屋もいいものだ

えらいでしょ、とか自慢する気持ちはさらさらない。先日会社の飲み会でウーロン茶を飲んでいると「なんで今さら禁酒なの?」「意志が強いんだー」とか、さんざんからかわれた。他人の禁酒なんてハタから見ればそんなもんだ。わかっている。

飲み会での他愛のないやり取りの中にはこんな反応もある。「あ、飲むとヤバいの?もしかして」。「ヤバい」というのは内臓疾患とアルコール依存症の両方の意味が込められている。


酒で内臓疾患と言えば肝臓系。肝臓4指標まったく問題なし。一点の曇りもない。ついでに言うと、コレステロール系や糖尿系、尿酸など諸々の数値もまったく問題ない。スッキリと問題なしと断言できる。

さて、アルコール依存症、これがスッキリといかない。

自分はアルコール依存症では100%断じてない!と自信を持って言い切れる酒飲みなんて、果たしているのだろうか。酒飲みの私から見ると、同年代の同類の方々のうち半数は問題あり、そのうちの半数つまり4人に1人は依存症に片足あるいは両足突っ込んでいるように思える。

私自身の反省も含めて、禁酒中の酒飲みの目に映る酒飲みの問題行動を考えてみる。

場所は上野の裏の店だ

毎日飲む、つまり生活の中で飲酒が習慣化している。これは問題レベルと言える。飲まない選択肢を考えない思考回路に陥っている。

他人と会って話をすることイコール酒と結びつける。これも問題レベル。飲まない機会や飲まない相手と会う選択肢を考えない思考回路に陥っている。

アルコール依存症の典型的な症例は、何事よりも飲酒を優先することだから、まさに上記の例はアルコール依存症の症例と言わざるを得ない。いつの間にか酒が生活や思考の中心になっている。まず酒ありきの生活になっている。

怖いもので、誰でも飲んでいるうちに、知らず知らずこうした事態に陥る。そのスピードや度合いの強弱は千差万別なのだが、遅かれ早かれ、重かれ軽かれ、方向は一定、陥る方向へ陥る。水が高きから低きに流れるように。そしてまさに同様に逆戻りができない。

唯一の防止策は、現状に留まること、これ以上悪くならないようにすることだ。どうすればよいか。酒をやめる。そうすれば現状の病状段階で留まることができる。それ以上悪くは絶対にならない。ただしそれ以上良くも絶対にならない。

と書いたが、酒飲みの皆さん、安心下され。酒を飲んでも大丈夫だ。ただし条件が付く。

撮影酒場「たきおか」

自分の位置が病状のどのあたりにあるのかを判断し、シリアスな状態になるまでどの程度猶予があるのか見定め、その猶予の範囲内で飲む。自分の体だからその猶予がどれくらいあるかは自分で判断するしかないし、その判断力があるうちにブレーキを用意しておかないといけない。

ちなみに医者はリスクサイドに立つから、心配して相談すると、医者は100%依存症と診断する。しかし実際は医者にだって断定する根拠はない。アルコール依存症という病原菌や腫瘍があるわけではない。診断は医者自身のアナログな感覚に拠るものだ。だから自分で客観的に判断できるよう知識を蓄えるしかない。

客観的判断の結果、これ以上はヤバいとなればブレーキを踏むしかない。だから常日頃からブレーキをいつでも踏めるようにしておく。そしてブレーキを踏むことができるのは自分だけであることを深く心に刻む。

飲むならこれくらいの覚悟が必要だ。これを自分に言い聞かしている。私自身の判断では、幸いまだ猶予はかなりある。しかし有限だと思っている。末永く酒を楽しむために、有限の猶予をしっかり見定めて飲みたいと思っている。

長くつきあっているのだから、相手の本当の怖さに気が付かないといけない。酒にはこうした厳しい現実がある。長年つきあって酒とはそういうものだと悟ったまでだ。そうとなれば、楽しみながらも自身を守るつきあい方をすればいいだけの話。身の破滅に至らないように。

まき@maki200801

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